カーボンブラック協会

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カーボンブラックのナノマテリアルとしての安全性

3、煤・カーボンブラックの使用の歴史

 煤は、紀元前の古代から文字を書くためのインキや絵具の材料に使用されていた。最も古い工業製法の記録は“Vitruvius on Architecture”(BC30~AD14)があり、早い時期から工業化がなされたことが分かる。2世紀には紙が発明され、3世紀には、煤を膠で固めた墨が発明された。紙・墨の使用は、記録媒体・交信手段の変革だけでなく、“書” “水墨画”として東アジアの伝統文化を形成したと考えられる。
煤は、このように身近な材料であったため使用量も増え、初期に使われた松を原料とした松煙煤だけでは間に合わず桐油・菜種油・豚油等を燃やして作る油煙煤が作られ、10世紀には既に石油も使用されていた。
 日本への墨の伝来は7世紀とされる。山路*2)等は、平城京左京三条一坊十四坪の遺跡から出土した墨(720年前後)平城京右京五条四坊三坪の遺跡から出土した墨(8世紀半ば)の走査型電子顕微鏡による観察を行っている(図6参照)*3)。この煤については、5章で詳細に述べるが古代の煤も大きさでは、ナノ材料の範疇に入ることが分かる。
 欧州では、12世紀に紙が使用され始めると墨インクの使用も広がった。活版印刷が発明された15世紀以降印刷インキ用煤の生産が、ドイツ・フランス・イギリス等で始まった。当時の原料は、タール・豚油・樹脂が使われたようである。当時の手法は、ランプブラックとして分類される一連の手法である。この方法は、原料を気化して(灯心の使用又は輻射熱での気化)燃焼させ、生成した煤を補修するものである。この方法の生産は、製品の独特な色調から日本(墨用)・ドイツ(デグッサ社がランプブラックとして工業化)では現在でも使用されている。日本では平均粒子径は50~150nm程度、*4)デグッサ社は、60~120nm程度である。*5)
19世紀アメリカで天然ガスを燃焼させ冷板に接触させて製造されるチャンネル法が開発されカーボンブラック名称で販売されるようになって、ゴムの補強効果が発見され、オイルファーネス法・アセチレン法が開発されて現在に至っている。現在カーボンブラックは、ゴム工業・印刷インキ・塗料・樹脂等々に使用され、印刷物・タイヤ・黒色樹脂等々の製品として市民生活の隅々で使用されている。カーボンブラックの世界全体の使用量は1000万tを超えている。歴史を表2に示し、現在の使用状況の詳細を、6章に示す。

 

表2 カーボンブラックの関連年表*6)

 

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